時間のものさし ~ゆとりと無駄~


私が読んでいるメルマガのひとつの記事から紹介。

すごーくよくわかる!というのが感想。

からだの冷えにもつながりますね。ぜひ読んでみてください。

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「時間の物差し」 ~ゆとりと無駄~

帝京平成大学教授 竹内京子先生

 

 

よく言えば「ゆとり」、悪く言えば「無駄」。この言葉の境界線はどこにあるのでしょうか。

日常生活で生じる、「無駄を省く」行為は、身体の中でも起きています。

 

何処に?

それは、使わない身体に、です。

 

身体は、活動もしていないところに大量の血液を送るなんて無駄なことはしていないのです。

では、ゆとりある身体とはなんでしょうか。

 

それは、急に酸素や栄養をたくさん必要とするような事態、つまり激しい筋運動に備えて、

身体が常日頃から、身体の隅々にまでたくさん血液が流れるように準備していることであります。

 

この体力のゆとりをつくり、維持の為の第一が、身体運動を行うことであります。

いつ来るかもしれない、災害に備える社会の基盤整備に似ています。

 

その人が将来受ける可能性が高い身体負荷に耐えられる身体を

作っておくことが、身体にゆとりをもたらしているのです。

つまり、身体運動(筋運動)によって、ヒトの行動力の

「ゆとり」が維持されているのであります。

 

無駄に体を動かさない身体は、省エネで動く効率がよい身体と思うかもしれませんが、

全く無駄の無い動きは、運動負荷レベルからいうと、

身体に「ゆとり」をもたらすというより「ゆとりが少ない身体」になっている身体を上手に

コントロールしているのではないかと推察しております。

 

ゆとりが必要であると痛感した事例を一つご紹介します。

それまでいろいろやっていた運動を辞めて数年たった37歳頃の話です。

身体的には、ゆとりの無い、つまり無駄の無い生活をしていた時期であります。

 

自宅の玄関から駅まで小走りに走り切り、発車寸前、ドアが

閉まる寸前の急行電車に飛び乗りました。階段の上り下りを

含め400m足らずを3分で走り切りました。この時、閉まる寸前の

電車に飛び乗って間に合ったまでは良かったのですが、30分

以上後、池袋駅を降りるまで、心臓はバクバク拍動しっぱなしで、

呼吸も荒く、深呼吸しても深呼吸しても落ち着かず、電車の

つり革につかまりながら、呼吸を落ち着かせようと努力をした

にも関わらず、結局、呼吸や脈拍が落付かず、周囲の人には

じろじろ見られ、非常に困惑したことがあります。

 

この情けない体力の無さに、愕然となった私は、

「運動をしなくては!」

「体力にゆとりを持たせなければ!」

と心の底から思い、一念発起し、ランニングとテニスを始めた次第です。

 

運動のしすぎは体によくないという説もありますが、先日の

解剖学会・生理学会合同大会での発表でも、適度な運動は

免疫力向上、ストレス耐性を高めるのにも役立ち、認知症

発症の先延ばしにも有用ではないかというエビデンスを

示した報告をたくさん聴講することができ、有意義な時を

過ごすことができました。

 

この世に無駄なものはありません、

「ゆとり」は大いに作りましょう!

 

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すべてのトレーニングはこれから・・・ベーシックトレーニング

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ベーシックのあとは、リアライントレーニング

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